新しく開発した画期的なサービスなのに、なぜか周りに受け入れられない。あるいは、社内で誰もが絶賛した画期的なアイデアを会議で提案したのに、上層部に顔をしかめられて却下されてしまった。ビジネスの現場や日常の意思決定では、このような苦い経験は誰しも身に覚えがあるはず。内容の質が悪いわけでも、企画の論理が間違っているわけでもないはずなのに、なぜ人は新しい一歩を踏み出せないのでしょう。
その根本にある原因は、結果がどうなるか分からない状態に対する強い恐怖のせいかもしれません。人間は、よく分からないという状態に直面すると、脳に急ブレーキがかかります。この心理的なブレーキは想像以上に強力で、時に人々の意思決定を完全にフリーズさせてしまうのです。今回は、この見えない恐怖が人間の行動をどのように縛り付けているのかと、それを打ち破るための具体的なアプローチを書いていこうかと思っとります。
人間が持つ恐怖とリスク回避のメカニズム
人間には、先行きが見えないものを本能的に嫌う強力な心理的傾向が存在します。
たとえば、次のような選択を迫られたとき、あなたならどちらを選ぶでしょうか。
いいものが確実に手に入る選択肢
外れを引くリスクはあるものの当たればとてもいいものが手に入る選択肢
多くの実験において、人々は前者の確実に手に入る選択肢を選びます。期待値を計算すれば後者の方が得である可能性が高かったとしても、人間は外れるかもしれないという状態を嫌い、安全な道を選びます。この心理的な傾向をリスク回避と言います。
ソース:https://example.com/risk-aversion-theory
このように、中身がよく分からないものの価値を、頭の中で実際よりも低く見積もってしまう心理を不確実性税と言います。何か不確かなものを他人に受け入れてもらうためには、選択者が感じるリスクをはるかに上回るほどの、圧倒的に高い利益や魅力を提示しなければなりません。この心理的な税金を支払ってでも余りあるメリットが目に見えていなければ、人は絶対に動かないのです。
ソース:https://example.com/uncertainty-tax-concept
この現象を証明する有名な実験があります。参加者に対して、50ドルと100ドルの商品券がそれぞれ50パーセントずつの確率で当たる宝くじを見せ、この宝くじを最高でいくらなら支払えるかという上限額を質問するものです。
確率から計算されるこの宝くじの客観的な期待値は、50ドルと100ドルの中間である75ドルになります。論理的に考えれば、75ドルよりわずかでも安ければ得をするため、人々は75ドルに近い金額を提示するはずです。しかし、実際に人々が支払ってもよいと答えた金額の平均値は、この75ドルを大きく下回る26ドルでした。人間は、確率や結果が不確かなものに対して心理的なペナルティを課し、その価値を客観的な数値よりも自動的に低く見積もってしまう性質があると言えます。
ソース:https://example.com/lottery-uncertainty-study
つまり、ビジネスにおける製品やサービス、あるいは新しい提案も、相手にとってわからないことが多い状態のままでは、どれほど優れていても選んでもらえないという結果に陥るのです。
さらに、この不透明な状態は、人の意思決定そのものを完全に止めてしまいます。それを裏付けるのが、試験が終わったばかりの大学生を対象にした以下の実験。
通常より大幅に安い格安のハワイ旅行パッケージプランを提示し、以下の3つの選択肢から行動を選ばせました。
今すぐ旅行に申し込む
旅行には申し込まない
5ドルを支払い、2日後まで予約の権利を保留(先送り)する
ソース:https://example.com/student-decision-shafir-study
この時、大学生は3つのグループに分かれておりまして、
試験に合格した学生
試験に不合格の学生
試験の結果がまだわからない学生
実験の結果、あらかじめ試験に合格したこと、あるいは不合格だったことを知らされているグループは、ほとんどの学生が旅行に行くことを選んだのに対し、試験の結果がまだ知らされていないグループは、圧倒的多数の学生が、5ドルという余計なお金を支払ってでも意思決定を先送りすることを選びました。
合格グループはお祝いに、不合格グループは気晴らしにと旅行に行くことを選択した学生が多かったため、どちらにしろ旅行に行くことを選ぶのであれば、結果を聞く前でも旅行に行くことを選択するのが合理的だと感じるもんですが、実際はさにあらず。
人間は「結果が良いか悪いか」によって悩んでいるのではなく、「結果がどちらになるかわからない」という不確実性そのものに直面すると、合理的ではない金銭的コストを支払ってでも、決断を下す行為そのものを引き延ばしてしまうのです。
これは企業の社内でも全く同じです。もし、自分の独創的なアイデアが上層部に受け入れられるかがわからないと感じたら、担当者はどうするでしょうか。多くの人は、今まで通りの無難な業務をやっていたほうがいいと考えます。現状維持を選べば、失敗して評価を落とすリスクをゼロにできますからね。
現代では誰もが使うインターネット通販も、かつてはこの見えない恐怖の壁と激しく戦っていました。
また、EC黎明期にも同じような葛藤がありました。ネット通販が始まった1990年代、このシステムは一般の消費者に全く受け入れられず、市場のほとんどが企業間取引で占められていました。なぜなら、当時の人々にとって、ネットでの買い物はリスクの塊だったからです。
思ったものと違うものが届いたらどうしよう、サイズが合わない服が届いたらお金が無駄になってしまう、そもそもネットで買い物をした経験が無いためによくわからない、など不確実性の塊だったんですね。そのため、人々はネットの便利さを知りつつも、効率的ではないけれどいつもと同じ方法でお店に足を運ぶという安全策を選ぶのです。人間は、よくわからない新しい便利さよりも、すでに慣れ親しんでいる古い不便さを選ぶ生き物なのです。
ソース:https://example.com/ecommerce-history-90s
思考可能性が不確実性を解除する
この強力な心理的ブレーキを解除する最大のコツが思考可能性です。これは購入する前に、お試しで簡単に試すことができるかどうかという製品やサービスの性質を指し、事前に試すチャンスを意図的に提供することで、選択者が抱く失敗への不安を解消することができます。
ソース:https://example.com/trialability-innovation
では、この思考可能性をシステムや提供方法に組み込む具体的な4つの手法を見ていきましょう。
手法① フリーミアム
スマートフォンアプリなどで広く使われているのが、フリーミアムという手法です。最初は基本機能を無料で提供し、まずはより多くのユーザーを集めます。その後、より便利な有料のプレミアムバージョンへのアップデートを促す仕組みです。
この最大の強みは、無料から有料へ移行させる過程で、ユーザーが他社へ乗り換える際の手間や心理的負担を利用できる点にあります。一度使い慣れたサービスを解約して他を探すのは面倒なため、お試しで不安が消えたユーザーは、そのまま有料顧客へと変化しやすくなるのです。
これはクラウドストレージやモバイルゲームなどでよく見かける手法ですが、IT分野に限ったものではありません。カミソリメーカーのジレットは、最初にカミソリの本体を無料で配って使い始めてもらい、その後にずっと必要となる替え刃を売ることで莫大な利益を上げるビジネスモデルを確立しました。これも入口はタダで、使い続けるために、あるいはより高い機能を求めてアップグレードをしてもらうというフリーミアムの典型例です。
ソース:https://example.com/freemium-gillette-model
手法② 初期費用を削減する
製品を試す際にかかる最初の金銭的なリスクを徹底的に削減することも有効です。ただし、単なる製品本体の値引きには注意が必要で、安易な値引きは商品のブランド価値や信頼性を損なうリスクがあるため、価格そのものを下げるのではなく、送料を無料にしたり、返品を自由にするという周辺のコスト削減が威力を発揮します。
ソース:https://example.com/zappos-customer-strategy
また、大きな契約を小さく分ける方法も初期費用を安くする手法の一つです。化粧品やシャンプーが店頭で小さいお試しボトルで売られていたり、高額な年間プランを月額プランに小分けにすることも効果的です。アイスクリームチェーンのサーティーワンが、新しいフレーバーを小さなスプーンで試食させてくれるのも同じで、一口試せるからこそ、顧客は失敗を恐れずに新しい味を買うことができます。
ソース:https://example.com/baskin-robbins-spoon-tasting
手法③ 購入後のコストを下げる
お試しの仕組みをさらに強化するのが、購入した後のコストを下げる、つまり、いつでも契約を取り消し可能にするという戦略です。
あるマーケティング研究では、購入後に無期限で返品できる条件にした方が、30日の期限付きの場合よりも売上が20パーセントも伸びたというデータがあります。返品期限をなくして取り消し可能に設定した方が、顧客の購入時の心理的ハードルが下がり、結果として多くの注文を獲得できるのです。無料のお試し期間やトライアル、あるいは返品保証や成果報酬もすべて同じ仕組みです。
ソース:https://example.com/return-policy-impact
そして、このお試し期間中に、一度自分の手元に置いたものに対して、手放したくないという強い愛着を感じてしまう保有効果も働きます。コレについては過去記事もどーぞ。
お試し期間が始まると、顧客の頭の中の課題がガラリと変わります。最初は、この製品を手に入れるためにいくら払うべきかという問題だったものが、体験を経て生活の一部になった後は、どんな保証があればこれを手放すだろうかという、手放すことの痛みを回避する問題に変わるのです。わざわざ労力をかけて返品手続きをし、そしてまた新しい代替品を一から探すのが面倒になるという現状維持の心理も手伝い、お試し期間を始めた顧客の多くは、そのまま使い続けるのです。
これらの手法を完璧に実践したのが、靴のネット通販で世界的成功を収めたザッポスです。ザッポスは顧客に対して、気になる靴をサイズ違いで複数同時に頼むことを推奨し、自宅をまるで靴屋のようにすることを目指しました。試し履きをしてもらい、気に入らなかったりサイズが合わないものはすべて無料で返品してくださいと伝えることで、ユーザーの不安を完全に取り払うことに成功。その結果、ユーザーが一度に注文する個数は、返品の分を差し引いても劇的に増え、売上は爆発的に向上したのです。
ソース:https://example.com/endowment-effect-retention
手法④ 発見を後押しする
上記の方法は、ユーザーがもともと製品に少しでも興味を持っていることが前提ですが、世の中には興味を持つ前の段階にいる潜在顧客が無数にいます。その一歩手前の人々にアプローチするのが、発見を後押しするという方法です。
たとえば、スーパーの売り場で小さく切ったソーセージをホットプレートで焼いて配っていたり、ホテルや飛行機の機内で試供品が使えたり、自宅にサンプルを届けたりするのがこの方法です。顧客が自発的に探す手間すら省き、生活の中で自然に製品と出会わせることで、その場でよく分からないという恐怖を消滅させます。
ソース:https://example.com/product-sampling-effect
まとめ:人類は新しいものを嫌う
心理学には、ネオフォビアという言葉があります。これは、新しいことや未知のものを本能的に嫌ったり、過小評価したりする心理的傾向のことです。
赤ちゃんが見たことのない食べ物を頑なに拒むことがあるんですが、これは単なる好き嫌いではありません。野生の環境において、見たことのないものを口にする行為は、毒かもしれないという命に関わる危険を伴いました。つまり、未知のものを徹底的に警戒して遠ざける性質は、私たちの祖先が生き残るために遺伝子に深く刻み込んだ、大切な防衛本能なのです。
大人になった私たちも、ビジネスや日常生活において、新しいシステムや未知のテクノロジーに出会ったとき、この防衛本能が無意識のうちに発動して拒絶反応を起こしています。だからこそ、新しい価値を世の中に届けようとするビジネスパーソンは、相手の心理的なハードルを下げる工夫が何よりも大事になるってことですね。
その設計は、以下の3つの視点に集約されます。
入口のハードルを下げる: 興味はあるが確信が持てない人に向けて、まずは無料バージョンを気軽に試してもらい、納得した上で有料バージョンに移行させる。
出口のハードルを下げる: 万が一、購入した後に期待外れだったとしても、返品保証などを用意しておくことで、失敗したときの損失をゼロにする。
発見を後押しする: サンプルを直接送り届けるなど、相手が行動を起こす前の段階で、製品や提案と出会う障壁を先回りして取り除く。
人間は本能的にリスクを回避し、よく分からないものには心理的な税金を課して価値を低く見積もります。この不確実性を放置すると、相手の思考と意思決定は完全に停止してしまいます。これを打ち破るためには、事前に試せるチャンスを作り、購入後も引き返せる安心感を提供することが不可欠です。
優れた製品やアイデアを眠らせないためには、以下の手順を踏んでみると良い感じ。
相手が最初に感じる一番の不安(使いこなせるか、損をしないか等)を1つ考える
その不安を消すための、最も手軽なお試し体験(無料サンプル、部分的な試用、デモの実施)を設計する
決断時の心理的ブレーキを外すため、返品保証やいつでもやり直せる取り消しルールを1つ導入する
新しいものには警戒するし、そもそも探さない人もいるから意図的に使ってみる機会を提供して心理的なハードルを下げようぜ!ってことで今回は終わりたいと思います。あざしとぅー。