がんの診断を受けたとき、あるいは治療を続けているとき、体への負担はもちろんのこと、それ以上に心が追いつかなくなるような苦しさを感じることがあると思います。そして傍で支えるご家族もまた、患者さんと同じか、時にはそれ以上に大きな不安やショック、深い悲しみを抱え込んでしまうこともあります。
頭の中が真っ白になり、これからの仕事や生活のこと、大切な人の苦しむ姿を見るつらさで眠れない日々が続くのは、ごく自然なことです。病気と向き合う中で、患者さんもご家族も、誰しもが心に大きな傷を負います。
こうした「がんという病気に伴う患者さんとご家族の心や行動の変化」を専門に研究し、患者さんだけでなくそのご家族も含めて一体となって心を支えるサイコオンコロジーという分野があります。これは日本語で精神腫瘍学と呼ばれ、心理学(サイコロジー)と腫瘍学(オンコロジー)を融合させた学問です。
私の母も数年前にステージ4のがんが見つかりまして、悲しみや後悔、絶望や不安がとめどなく順番に押し寄せてくる感じでした。同じような経験をされている方は、サイコオンコロジーの考え方でこの感情との付き合い方を学んでいただけたら幸甚です。
がんは家族全体のケアが必要
がんの治療中や告知直後には、立場によってそれぞれ異なる悩みがでてきます。まずは、ご自身やご家族がどのような状態にあるか、当てはまるものを確認してみてください。
がんという事実を知ってから心が落ち着かず、一日中そのことばかり考えてしまう。
将来に対する漠然とした不安があり、夜になると眠れなくなる。
治療に対して前向きにならなければいけないと分かっていても、気持ちがついてこない。
患者さん本人が、家族に心配をかけたくなくて自分のつらさを一人で抱え込んでいる。
ご家族が、大切な人を支えたい気持ちの一方で、どのように接すればいいのか分からず深く悩んでいる。
ご家族自身が、患者さんの前では泣いてはいけないと無理をして、精神的に限界を感じている。
これらはすべて、がんの経験者やご家族が共通して抱える代表的な悩みでして、決してあなたやご家族が弱っているからではありません。そのため、まずはこのような悩みが誰にでも起こりうる当然の反応ということを理解し、自己卑下に陥らないようにすることが大切になります。
サイコオンコロジーという医療分野の最も大きな特徴は、支援の対象を患者さん本人だけに限定せず、そのご家族まで含めている点にあります。
がんという病気は、個人の体だけでなく、家族という一つの単位全体に大きな影響を与えるため、医療の現場では、ご家族のことを「第二の患者」と呼ぶことがあります。患者さんを一番近くで支えるご家族は、自分の感情や体調を後回しにしがちです。患者さんの苦痛を間近で見続ける精神的負担や、介護や看病、家事や仕事の両立による肉体的疲労が重なり、ご家族自身がうつ状態や強い不安障害に陥ってしまうケースは少なくありません。
また、ご家族の心が疲れ切ってしまうと、患者さんを適切に支えることが難しくなり、結果として患者さん本人の心の状態や治療への前向きな気持ちにも悪影響を及ぼしてしまいます。
がんという病気は、命や生活の基盤を直接揺るがすため、患者さんもご家族も、心に非常に大きなストレスがかかるのは当たり前のことです。その心の中の変化は、立場にかかわらず段階を追って現れることが知られています。
告知を受けた直後は、多くの人が現実を受け止めきれず、ショックや混乱の状態に陥ります。自分の身に起きたことだと思えない感覚や、なぜ大切な人がこんな目にと悔やむ感情、怒りや悲しみが激しく押し寄せてくる情緒が不安定になることも普通です。
その後、少しずつ現実を理解し始めると、今度は強い不安や落ち込み、無力感が強まる時期が訪れます。今まで当たり前にできていた仕事や家事が手につかなくなったり、食欲が落ちたり、夜に何度も目が覚めてしまったりする、軽いうつ状態を経験する方もいます。
患者さんは「身体の痛みや治療への恐怖」に苦しみ、ご家族は「大切な人を失う恐怖や支えきれない無力感」に苦しむ。表現や種類は異なっても、双方の心が深く傷ついている状態なのです。これは人間の正常な防御反応であり、根性や性格の問題ではないことを知っておいてください。
専門家を頼る大切さと病院への受診について
しかし、ここで注意いただきたいのは、このような心の状態を決して自分一人で解決しようとしないことです。
心が落ち込んだり不安になったりするのは正常な反応ですが、その状態があまりにも長く続いたり、生活に大きな支障が出たりしている場合は、無理を重ねずに医療機関を受診してください。
気分が沈んで一日中涙が止まらない
何をしても楽しいと感じられない
激しい不安で動悸や息苦しさがする
眠れない日が何日も続く死について繰り返し考えてしまう
といった重い症状がある場合、うつ病や適応障害といった治療が必要な状態になっている可能性があります。
こうした重度の症状があるときは、患者さん本人はもちろんのこと、ご家族であっても我慢せず、精神科や心療内科、あるいはがん治療を行っている病院にある精神腫瘍科やメンタルヘルス科といった専門の診療科を受診することを強く推奨します。
ここまで重い症状でなくとも、漠然とした不安や無力感を一人で抱え込んでいるのであれば、相談に行く感覚でいいので気軽に病院へ行ってみてください。
お薬の力や専門カウンセラーとの対話によって、脳と心の負担を和らげ、気持ちを楽にすることができます。専門家に助けを求めることは、恥ずかしいことでも脱落でもなく、家族みんなで治療と生活を乗り切るための大切な選択肢ですんで、感情が言語化されていない状態でも、何も準備できていないままで問題ないのでホントお気軽にどうぞ。
合わせて知っておきたいセルフケアの方法
専門医への受診を検討・継続しつつ、これから紹介する自分でできる心のケアもあわせて試してみてください。専門的なケアと日々のセルフケアを組み合わせることで、心をより安定させやすくなりますので。
患者さんご本人はもちろん、支えるご家族も同じように取り組める内容です。無理のない範囲で、できそうなものから一つずつ試してみてください。
1:自分や相手の感情を否定せずにそのまま認める
最初に行うべきことは、心の中に浮かんでくる感情をそのまま肯定することです。
つらいとき、私たちは無意識に「前向きにならなければいけない」「自分がしっかりしなければ駄目だ」「相手の前で泣いてはいけない」と、ネガティブな感情を打ち消そうとしがちです。しかし、感情を押し殺そうとすればするほど、心の中の緊張や孤独感は強まってしまいます。
今は怖くて当たり前だ、不安になるのは当然のことだと自分自身に語りかけてみましょう。自分の気持ちに嘘をつかず、つらいという事実をそのまま認めるだけで、心にかかる余計な圧力が少し和らいでいきます。
この時、紙とペンを用意し、今思っていることや恐怖を感じていることを素直に書き出す作業が効果的です。文章の形になっていなくても構いません。言葉としてノートに外に出すことで、頭の中の乱雑な感情を少し客観的に眺められるようになります。
2:不安の正体を具体的に整理する
不安という感情は、対象が曖昧で正体が分からないときほど大きくなる性質を持っています。漠然とした恐ろしさに飲み込まれそうなときは、何に対して不安を感じているのかを細かく分解してみましょう。
たとえば、不安の中身をいくつかの側に分けてノートに書き出してみます。
体のことに関する不安。痛みに耐えられるか、治療の副作用がどれくらい出るか、体力が持つかなど。
日常生活や仕事に関する不安。休職しなければいけないか、家事や子育てをどう回すか、生活リズムをどう保つかなど。
お金に関する不安。今後の医療費がいくらかかるのか、収入の変化にどう対応するかなど。
家族や人間関係に関する不安。お互いにどのように本音を伝え合えばいいか、周囲にどのように伝えるべきかなど。
このように書き出して分類してみると、すべてのことが一度に崩れ去るわけではないことに気づけます。
さらに、書き出した悩みに対して「自分たちや医療陣の工夫で解決できること」と「現時点ではコントロールできない未来のこと」を分けていきます。今すぐ対応できる小さな問題から順番に対策を考えていくことで、手探りだった感覚から抜け出し、気持ちを落ち着かせることができます。
3:意識を今この瞬間に戻す
過去の健康だった時期を思い出して悔やんだり、まだ起きていない未来の悪化や別れを心配したりすると、患者さんもご家族も強いストレスを感じ続けます。こうした状態から抜け出すためには、意識を過去や未来から今この瞬間へと連れ戻す練習が有効です。
そのために最も簡単な方法が、自分の呼吸に集中することです。その方法は以下の4ステップ。
椅子に深めに腰掛け、背筋を軽く伸ばします。目を閉じるか、少し先の床をぼんやりと見つめましょう。
お腹に手を当て、息を口からゆっくりと細く長く吐き出します。お腹が凹んでいくのを感じながら、体の中の空気をすべて吐ききります。
鼻から静かに息を吸い込みます。お腹がふくらみ、新鮮な空気で満たされる感覚に意識を向けます。
この呼吸を数分間繰り返します。途中で病気の心配や明日の予定などが頭に浮かんでくると思いますが、それはごく自然なことです。雑念が浮かんだことに気づいたら、自分を咎めることなく、再び呼吸の感覚へと意識をやさしく戻します。
この呼吸法を一日数回、数分ずつ行うだけでも、過剰に高ぶったメンタルが静まり、自律神経のバランスが整いやすくなります。患者さんとご家族で一緒に並んで行うのも良い方法です。
4:日常の中に小さな心地よさや自分らしさを取り入れる
病気になると、家庭内の生活のすべてががん中心になってしまいがちです。しかし、どれほど病状が重くても、患者さんやご家族の生活全体が病気に支配される必要はありません。一日のスケジュールの中に、病気とは関係のない「心地よいと感じる時間」を意図的に作ってみましょう。
好きな音楽を静かに聴く時間を作る。
温かいお茶を淹れて、その香りや味わいをゆっくり楽しむ。
体調が良い日に、少しだけ外に出て日の光を浴びたり、季節の花を眺めたりする。
短時間でも手軽に読める本を開いてみる。
心が和らぐ時間を意識的に確保することで、自分らしさを取り戻す感覚が得られます。大きな目標や遠い将来の計画を立てる必要はありませんので、今日一日を少しでも穏やかに過ごすための小さな工夫を取り入れることを意識しましょう。
家族が患者さんを支えるとき、そして自分自身を守るためのポイント
患者さんを支えるご家族は、患者さんとの接し方に悩み、同時に自分自身の限界とも戦っています。今度はご家族が知っておくべき大切なポイントについて見ていきましょう。
無理に前向きに励まそうとしすぎない
落ち込んでいる患者さんを見ると、ご家族はつい大丈夫、頑張って乗り越えようと声をかけたくなるかもしれません。しかし、すでに限界まで頑張っている患者さんにとって、ポジティブな言葉が逆に負担や孤立感を生んでしまうことがあります。
無理に励ますことよりも、つらいね、不安だよねと寄り添い、相手の気持ちを静かに聴く姿勢を見せることの方が、患者さんの心をずっと楽にします。
患者さんに具体的にできる手助けを申し出る
何か手伝えることはあるかと漠然と尋ねられると、患者さんは気を使って頼みづらいと感じてしまいます。
買い物を代わりに済ませる、特定の日の病院への送迎をする、家事の一部を引き受けるなど、具体的にできることを提案してあげると、患者さんも甘えやすくなります。
ご家族自身が休息と自分の時間を確保する
大切な人が病気になったとき、自分だけが休んだり楽しんだりすることに強い罪悪感を覚えるご家族は非常に多いです。しかし、支える側が倒れてしまっては、患者さんを支え続けることができなくなってしまいます。
他の親族や周囲のサポートを頼ったり、地域の福祉サービスを活用したりして、ご家族自身も一人で抱え込まず、しっかりと休息と自分自身の時間を確保してください。家族が自分の生活を守ることは、決してわがままではなく、大切なケアの一部です。
おわり
ということで、精神腫瘍学のメンタルケアのお話でした。
患者本人もそのご家族も、人生で最も辛い瞬間だと思います。が、サイコオンコロジーという分野が存在するということはつまり、その感覚は一般的なもので、かつカウンセリング手法が確立されているということですので、自己卑下に陥る前に受診を検討してみてくださいませ。
日本全国のがん診療を行っている主な病院には、がん相談支援センターという無料の相談窓口が設置されていたりして、その病院に通院していなくても、患者さんご本人はもちろん、ご家族だけでも利用することができる場合があります。
それらも合わせてご活用いただいて、穏やかな生活を送ってほしいと思います。GLMW