大切な挑戦で破滅しないために知っておくべきリスク分散の科学

 仕事で新しい挑戦を始めたいけれど、失敗してすべてを失うのが怖いと感じることはないでしょうか。大きな成果を得るには、身を削るようなリスクを背負わなければならないと考えて思い悩む人は少なくないはずです。

一世一代の勝負に出て成功を収めた人物のエピソードを目にすると、自分も退路を断って飛び込むべきなのではないかと焦りを感じることもあると思います。しかし、行動科学や心理学、経済学などの研究を見ていると、世の中で持続的な成果を出している人々の多くは、無謀なギャンブラーではないことがわかります。彼らは徹底的にリスクを管理し、安全な土台を築いた上でごく一部にのみハイリスクの行動を取っています。

ってことで適切なリスク戦略とはどう考えればよいのか?っていう内容を書いてみたいと思います。起業したい!海外留学したい!趣味を仕事にしたい!など大きな挑戦を控えている人はぜひご参考くだされー。

科学的に見る起業とリスクの真実

新しい事業を始める際、勤めている会社を辞めて専念する方が成功しやすいと考えられがちです。背水の陣を敷くことで退路が断たれ、必死さが生まれ、それが成果に結びつくというストーリーは、感覚的に非常に受け入れられやすいと思います。

しかし、経営学の研究領域では、これとは異なる傾向が報告されています。ペンシルベニア大学ウォートン校のアダム・グラント教授らが紹介した研究によると、本業や学業を続けながら副業として起業した人々は、最初から本業を辞めて一本化した人々と比べて、事業が破綻する確率が有意に低いというデータが示されました。

これは相関関係なので、本業を維持することが直接的に事業を成功させるという因果関係が証明されたわけではありません。そのため、元々の性格として慎重であり、綿密な計画を立てる人物だからこそ、本業を維持する選択をし、その慎重さの結果として事業が長続きしているという可能性もある点には注意が必要です。

この相関関係が示唆するところとしては、安定した収入や身分という選択肢を保持しておくことが、人間の心理的状態や判断力に良い影響を与える可能性があるということです。

経済的な後がない状況に追い込まれると、人間は視野が狭くなり、短期的な利益を追求する焦りから無謀な意思決定を行いやすくなりますが、生活の基盤が確保されていれば、長期的な視点でじっくりと戦略を練り、予期せぬトラブルにも冷静に対応できるようになります。

大きな挑戦をするからといって、生活のすべてを賭けることは、むしろ成功から遠のく行為と言えます。むしろ、他でしっかりとした安全領域を確保しておくことこそが、挑戦の継続性を高めるための実質的な手助けとなります。

投資理論から学ぶポートフォリオの考え方

リスクをコントロールするという発想は、金融の世界で長年にわたり深められてきまして、個人の行動やキャリア設計におけるリスク分散を考える上で、この金融工学の知見は非常に優れたフレームワークを提供してくれます。その根幹にあるのが、ノーベル経済学賞を受賞したハリー・マーコウィッツが提唱した現代ポートフォリオ理論です。

この理論の核となる概念は、性質の異なる複数の資産に分散して投資することで、全体の危険度を抑えるというものです。単一の資産にすべての資金を投入した場合、その資産の値下がりに全体が巻き込まれてしまいます。しかし、互いに異なる値動きをする資産、例えば株式と国債のように相関が低い資産を組み合わせれば、片方が落ち込んだとしても、もう片方がカバーするという構造を作ることができます。数学的には、期待リターンを維持したまま、全体のリスクだけを下げることが可能であると証明されています。

この現代ポートフォリオ理論の考え方を極端かつ実践的な形へと進化させた戦略に、ナシーム・ニコラス・タレブが提唱したバーベル戦略と呼ばれるアプローチがあります。バーベルの両端に重りをつけ、中央を細くするように、全体の大部分をきわめて安全な資産で固め、ごくわずかな一部だけをきわめて大きなリターンが期待できるハイリスクな領域に配分するという手法です。

中途半端なリスクを取るのではなく、確実な安全と大胆な挑戦を明確に分ける姿勢は、個人のキャリアや生活設計にもそのまま応用できまして、日々の生活費や家族の安全を守るための時間や資金は絶対に減らない領域として手堅く確保しておきます。そして、余剰となる時間や資金の範囲内でのみ、失敗すればゼロになるかもしれないけれど大きなリターンが得られる挑戦に回すという設計です。

このように構造を作っておけば、万が一挑戦が失敗に終了したとしても、生活の基盤が揺らぐことはありませんし、失敗した時のダメージが限定的であると分かっていれば、精神的な打撃を最小限に抑え、何度でも再挑戦することが可能になります。

高いところから飛び降りる楽しさを味わいたい時、丸腰で飛び降りる人はいないはず。マットを敷いた上に安全網を用意し、命綱を付けたうえで、当日の体調にも気を使って望むでしょう。このように、高いリスクを取り入れるときは、いざという時の対策をこれでもかとしておくものです。


組織心理学で用いられる心理的安全性という概念は、周囲に対して自分の意見や失敗を恐れずに提示できる状態を指します。この安全性が担保されている環境下では、メンバーは過度な恐怖を感じることなく、新しいアイデアの試行や積極的な行動を起こしやすくなります。個人レベルでの挑戦においても、自分自身の生活や立場に心理的安全性を作ることがめっちゃ重要。

さらに、リスク補償理論と呼ばれる心理学の考え方では、人は周りの環境に安全対策が施されると、無意識のうちに自分の危険許容度を調整し、より活発な行動を取る傾向があるとされます。

例として、車の安全装置が向上したことでドライバーが無意識に運転の速度を上げる現象が挙げられますが、これを挑戦の文脈に置き換えると、強固な安全網を意識的に作り出すことによって、脳がリスクを受け入れやすい状態になり、本来の能力を発揮しやすくなると解釈できます。

つまり、安全網を用意することは、挑戦から逃げるための逃げ道ではなく、むしろ、人間が持つ恐怖心というブレーキを適度に解除し、持てるパフォーマンスを最大限に引き出すための実践的な技術と言えます。

挑戦前に整理すべき確認リスト

それでは、実際に新しいことに挑戦する際、不要な破滅を防ぐためにどのような手順でリスクを評価し、準備を進めるべきかを整理しておきましょう。

1.最悪のシナリオを明確にする

挑戦を始める前に、失敗した際に起こり得る最悪の事態を具体的に書き出してみます。金銭的な損失はいくらになるのか、どのような立場を失うのか、再復帰までにどれくらいの期間がかかるのかを可能な限り具体化して把握します。

人間の脳は、対象が曖昧であるほど大きな恐怖を感じる性質を持っています。最悪の事態を具体的かつ客観的に把握し、それが自分の許容範囲内であるか、あるいは対処可能なレベルであるかを確認することが最初の一歩となります。

2.安全網を事前に設置する

最悪のシナリオが自分の許容範囲を超えている場合は、それをカバーするための具体的な対策を講じます。

生活費であれば半年から一年分の資金を別口座に確保しておく、本業の人間関係や信頼関係を維持しておく、失敗した際の撤退ラインを数値で決めておくといった感じ。万が一の際のクッションが完成して初めて、次のステップへ進む判断を下します。

3.小さな実験から開始する

安全網を整えたら、最初から大きな資源を投入するのではなく、検証可能な最小限の規模で試してみることが大切です。市場の反応を見る、顧客の声を集める、個人の時間の中でプロトタイプを作るといった小さな行動を重ねます。

大きな挑戦を一か八かで行うのではなく、小さな失敗を早期に経験し、修正を繰り返すことで、大きな破綻を防ぎながら知識と経験を蓄積していくことができます。

実践にあたっての注意点

リスク管理の知見を活用する前に、陥りがちな誤解についても把握しておきましょう。

リスクはなくならない

まず、安全網をいくら強固にしても、リスクそのものが完全に消滅するわけではないという点です。どのような準備を重ねたとしても、未知の環境変動や予期せぬ失敗の可能性は常に残ります。リスク管理の目的はリスクをゼロにすることではなく、起こり得る損失を自分が許容できる範囲にコントロールすることです。

他人が成功していても、それが自分にとって最適かは分からない

次に、相関関係と因果関係の取り違えに留意する必要があります。他者の成功事例や特定の戦略が自分にもそのまま当てはまるわけではありません。起業家の事例で見たように、副業という形式だけに囚われるのではなく、その背景にある準備の質や思考の深さ、リスク管理の姿勢に目を向ける必要があります。

小さく実行を繰り返す

また、分析に時間をかけすぎて行動を起こせなくなる分析不全と呼ばれる状態にも警戒が必要です。安全の確認は重要ですが、完璧な安全を求め続けると永遠に行動できなくなってしまいます。事前に定めた許容範囲内にリスクが収まった段階で、躊躇なく行動を開始する決断力が求められます。

まとめ

大きな成果を上げるためには、命や財産を賭けた危険なギャンブルをしなくてもよいということが、様々な研究や理論からわかりました。

真に成果を出し続ける人々は、リスクに対して無頓着なのではなく、誰よりも慎重に計算し、安全網を張り巡らせています。彼らは特定の領域で大胆に勝負するために、他の領域を揺るぎない安全で満たしています。

なにか大きな挑戦を控えている方は、本業を続けながらできる最小限のステップは何か、生活の基盤を崩さずに試せる方法はないか、失敗した時のクッションは十分に敷かれているかを検証することから始めましょう。

そしてそのリスクの配分が自分にとって適切かどうかを図るときは、「きちんと眠れているか?」を軸に判断してみてください。ドキドキして寝付けない、よく寝たはずなのに朝スッキリしない、などの症状が出た場合は、そのリスクが大きすぎる可能性があるので、ポートフォリオを見直してみることをおすすめします。

疑問解決のための要点整理

最後に、挑戦に伴うリスクに関して抱きがちな疑問と、その答えをまとめておきます。

本業を辞めて退路を断つ方が覚悟が決まるのではないか

精神的な覚悟という面では一時的な心理的効果があるように見えますが、経済的および精神的な追いつめられ方は認知機能を低下させ、短期的な無謀な意思決定を引き起こす危険性を高めます。長期的な生存率を高める上では、基盤となる選択肢を残しておく方が合理的な判断を保ちやすくなります。

リスク分散をしすぎるとリターンが薄まるのではないか

すべてを中リスク・中リターンの状態に平均化してしまうと、成果が薄まる可能性があります。そのため、ポートフォリオの大部分を圧倒的に安全な場所に置き、残りのわずかな部分を極めて高いリターンが狙える領域に集中させるような、メリハリのある戦略が有効です。

どこまで準備すれば行動に移してよいかわからない

事前に許容できる最大損失額や、撤退基準の数値を具体的に決めておくことが有効です。最悪のケースが発生したとしても生活や身体に致命的なダメージが及ばないと確認できた時点で、準備段階から実践段階へと移行するルールを設定しておくと迷いが減ります。


副業始めよーっと!