私、視覚障害がアリまして、一人では出歩けないほどなんですが、意外と普通に生活は送れてたりします。
人間は視覚情報が8割!なんて話もよく聞くところですが、どうやら目が見えない人は残りの2割だけで情報を処理しているわけじゃないらしい。
かつて科学の世界では、病気や事故、あるいは生まれつきの理由で視覚情報を失ったとき、一度失われた機能は戻らず、脳のその部分は使われないまま眠ってしまうと考えられていました。しかし現代の神経科学では、脳が柔軟にその機能を補い合っていることがわかってきています。
今回は、視覚に障害を持つ方の脳で起きている「神経可塑性」というメカニズムと、その変化を日々の生活や学習にどのように活かしていけばよいのかについて書いてみようかと思います。
眠らない脳、感覚処理の再編
私たちの脳は、領域によって役割分担が決まっています。例えば、
後頭葉(こうとうよう)— 視覚処理の専門家
目から入ってきた光の情報を処理する領域です。
後頭葉がダメージを受けると、目自体に異常がなくても「見えなくなる」または「色や動きが認識できなくなる」といった症状が出ます。
ブローカ野(前頭葉の一部)— 言葉を「喋る」運動司令塔
筋肉を動かして「口から言葉を出す(発話)」ための司令を出します。
ここが損傷すると、他人の言っている意味は理解できるのに、自分では言葉をスムーズに喋れなくなる「運動性失語症」が起こります。
ウェルニッケ野(側頭葉の一部)— 言葉の「意味」を理解する翻訳機
耳から入った音や文字を「意味のある言葉」として理解する領域です。
ここが損傷すると、流暢に喋ることはできても、意味の通らない文脈(めちゃくちゃな内容)になり、相手の話す言葉も理解できなくなる「感覚性失語症」になります。
海馬(かいば)— 記憶の整理と一時保管庫
新しく体験した出来事や学習した知識を一時的に保存し、「長期記憶として保存するかどうか」を振り分ける役割を持ちます。
海馬が損傷すると、昔の思い出は覚えているのに、「今日の朝何を食べたか」「たった今会った人の名前」などの新しい出来事を全く覚えられなくなります。
小脳(しょうのう)— 身体のバランスと滑らかな動きの制御
筋肉の細かな動きをミリ単位で微調整し、平衡感覚や無意識の動作(自転車に乗る、楽器を弾くなど)をコントロールします。
お酒を飲みすぎると千鳥足になりますが、これはアルコールによって小脳の機能が一時的に低下し、身体のバランス調整がうまくできなくなるためです。
ただし、現代の脳科学では、「特定の場所だけで処理が完結している」というよりは、「専門のメイン担当エリアがありつつ、他の領域とネットワークを組んで連携している」と考えられております。
頭の後ろ側にある「一次視覚野」と呼ばれる領域は、目から入ってきた光や色の情報を受け取り、それが何であるかを分析するための専用スペースでした。目が見える人の場合、この領域は起きている間ずっと、景色や文字を見るためにフル稼働しています。
ところが私のように、視覚からの入力が途絶えると、この広大な領域は、眠るどころか、別の仕事を引き受けていることがわかってきました。
例えば、視覚障害者が指先でデコボコした点字を読んでいるとき、この元々の視覚処理領域が激しく活動します。目が見える人が点字に触れても、この領域はほとんど反応しません。つまり脳は、視覚情報を処理するための回路を、触覚情報を処理するための回路へと「神経可塑性(脳が経験に応じて自らの構造や機能を変化させる能力)」によって組み替えているってことです。
さらに、この場所は指先の感覚だけでなく、耳から聞こえる言葉を理解したり、記憶を想起したりするときにも使われていることが分かりました。
脳は、使われなくなった領域をそのまま無駄にすることはなく、余ってしまった強力な計算資源を、指先や耳といった、他の感覚を処理するために再利用できる柔軟性を持っているんですね。
さらに、目が見えない人たちの脳の動きを数年間にわたって追いかけたところ、別の感覚のために組み替えられた神経回路は、時間が経っても崩れることなく、その人固有の脳のネットワークとして非常に安定して存在し続けることがわかっています。その場しのぎで脳が代替手段を提供しているのではなく、きちんと状況に合わせて配線が切り替わってるってことですね。
ただし、この変化のダイナミックさは、視覚を失った時期によって違いがあります。神経細胞のつながりがまだ変化しやすい子供の時期に視覚を失った人ほど、この変化は劇的で、より深い部分まで組み替えが行われます。大人になってから視覚を失った場合でも脳は変化しますが、子供の頃とはまた違った方法で、これまでの経験を活かしながら新しい配線を作っていくことが分かっています。
生活にどう活かすか?
このように、視覚を失った脳は独自の進化を遂げ、新しい回路をしっかりと固定させていくわけですが、もちろん健常者と全く同じ生活が送れるわけではありません。独自の脳の構造を理解したうえで、その性質にあった方法を身につけることが、より効率的に学び、自分らしく暮らしていくためには必要です。
視覚機能を失った方が心がけておくべきものを見ておきましょう。
脳の処理負荷を意識する
新しく生まれ変わった脳の処理領域は、複数の仕事を兼任するような状態になっています。
目が見える人の場合、見る仕事は後ろの部屋、聞く仕事は横の部屋というように担当が分かれていますが、視覚に障害がある方の脳では、後ろの広い領域に、触覚や聴覚の仕事が集まってきています。そのため、耳からの情報と指先からの情報を同時に大量に詰め込もうとすると、一つの領域に仕事が殺到してしまい、脳はあっという間にキャパシティを超えて疲弊してしまいます。
生活の中で大切なのは、情報をインプットするときは一つの感覚に集中することです。そして疲れたと感じたら、部屋を静かにして耳からの情報を遮断し、脳の処理領域を完全に休ませることも重要です。
音声読み上げのスピードを限界まで上げて聞きながら、同時に手元で別の複雑な作業をするようなことは脳へ大きな負担をかけるため、耳からのインプットをしているときはそちらにリソースを集中するのがよさげ。
自分だけの得意な情報処理ルートを見つける
脳の配線の変わり方は人によって全く違うため、自分の得意なインプット方法を探求するプロセスも大事。
私は普段、読み上げ機能やオーディオブックで情報収集をしていて、頭の中にイメージを構築していく感じなんですが、点字を読んだり、点字ブロックの上を足の裏の感覚だけで歩いたりするのはめちゃ苦手。
世の中には視覚障害者のための標準的なリハビリ方法や学習法が存在しますが、それらがすべての人に同じように効果があるとは限りませんので、もしある方法を試してみて上手くいかなかったとしても、決して自分を責めないでいただきたいと思います。それは努力が足りないのではなく、あなたの脳の配線パターンにその方法が合っていなかっただけなので、他のルートを探してみてくださいませ。
自分が一番楽に、そして鮮明に物事を理解できる感覚を見つけることが大切ですんで、耳から情報収集をしてみたり、点字の本を読んでみたり、といろいろ試してみて、一番しっくり来るものを見つけてみてください。
まとめ:どんな障害でも、脳は柔軟に変化する
最後に強調したいのは、この「神経可塑性」は視覚障害に限った話ではないということです。聴覚障害、あるいは脳に損傷を負った場合であっても、脳は常に環境に適応し、自らを再構成しようとします。
脳は、どのような状態であっても柔軟性を失う事はありませんので、毎日の生活の中で、自分の得意な感覚をたくさん使い込んであげてください。あなたがその感覚を使えば使うほど、脳の新しい配線はより太く、育っていきますんでー。