脳はサボり症だから人には優しく自分にムチを!

本屋に行けば「一言でわかる〇〇」といった本がベストセラーになり、SNSを開けば「要するにこういうこと」と数行にまとめられた動画が再生数を稼いでいる昨今、私たちはいつだって複雑な物事をシンプルにしてくれる表現を探しています。

なぜ私たちは、これほどまでに分かりやすさを渇望してしまうのでしょうか。それは、私たちの意思の弱さや勉強不足のせいではなく、脳が持つ「省エネ本能」の仕組みによるものです。

今回はなるべく考えることをサボりたい脳の特徴と、それが日常生活でどのようなバグを引き起こしているのか?そしてその脳の特徴をビジネスやプライベートに活かす方法を考えてみたいと思っとります。

脳は「燃費の悪いマシン」である

人間の脳は体重のわずか2%ほどしかない小さな臓器ですが、体全体のエネルギーの約20%を消費する非常に燃費の悪い臓器です。まだマンモスを追っかけていた原始の時代、食べ物がいつ手に入るか分からない環境において、エネルギーの無駄遣いは死に直結していました。そのため脳は、生き残るために「なるべくリソースを使わない省エネモード」をデフォルトとしてプログラミングしたというわけです。

この、脳のリソースを使いたがらない問題や、物事をできるだけ単純化して処理したがる欲求のことを、心理学や認知科学では「認知ケチ(Cognitive Miser / 認知的吝嗇家)」と呼びます。人間は生まれながらにして、考えるためのエネルギー(認知資源)をケチろうとする性質がプログラムされてるんですね。

この欲求の強さを証明する有名な研究に、行動経済学の「選択のパラドックス」という実験があります。

When Choice is Demotivating: Can One Desire Too Much of a Good Thing?

これはスーパーの試食コーナーに24種類のジャムを並べたときと、6種類のジャムを並べたときで消費者の購買行動の違いを観察したもの。ユーザーからすると選択肢が多いほうがより自分の好みに近いものを選べそうなものですが、その結果は

  • 24種類を並べたときは購入率がわずか3%だった。

  • 6種類に絞ったときは30%の人がジャムを買った

だったらしい。選択肢が多すぎると脳の認知ケチが発動し、どれがいいか比べるのにエネルギーを使いそうだから選ぶのを先送りにしちゃう。結果として購入自体をやめてしまうのです。これが、脳が持つ単純化への強烈な欲求の正体です。

みんな省エネで動いてることを心得よ!

このような脳のサボりは頭の善し悪しにかかわらず、すべての人類が持つ共通の特徴です。そのため、人と接する時や、相手に何かを伝えるときなどは、脳がサボっていることを前提にするのが◯たとえば、

  1. 【マーケティング:広告コピー】
    何かを発信するとき、相手ががんばって理解しようとしてくれるのを期待するのはNG。相手の脳はデフォルトでサボりたがっているのだから、頭を使わせない「考えなくても意味が飛び込んでくるセンテンス」にするのが鉄則です。言いたいことのコアを1つだけに絞り込む引き算こそが、相手の認知ケチを突破する鍵になります。
    吉野家の「うまい、やすい、はやい」とか、ニトリの「お、ねだん以上。」とかが有名ですね。

  2. 【マーケティング:商品設計】
    世の中の保険プランや携帯キャリアの料金プランには複雑すぎて選べないものが多々あります。そうではなく、商品を売るなら、あえて選択肢を3つ程度にするか、あるいは「これ1本」に絞ってあげること。顧客の脳の負担を下げるだけで、購買率は上がります。

  3. 【マネジメント:指示出し】
    部下に仕事を依頼するとき、「あれもこれも臨機応変にやっておいて」という指示は何をすればいいか考えることにエネルギーを使わせてしまい、脳をパンクさせます。「今日中にやることはこの3点だけ」「このタスクの目的はコレ、あなたの役割はコレ」とタスクを極限まで単純化して渡すことで、相手の行動ハードルは下がり、生産性は高まるはず。

  4. 【セルフマネジメント:習慣化】
    「毎日1時間勉強する」という目標を立てると三日坊主になりやすいのは、脳が大きなエネルギー消費を予測して拒絶するからです。習慣化したいなら、「毎日2ページだけテキストを開く」「スクワットを1回だけする」など、脳が負担と感じないレベルまで行動をシンプルに削ぎ落とすのが正解です。

  5. 【コミュニケーション・恋愛】
    デートの店選びで相手に「何食べたい?」と聞くのは、一見優しいようでいて相手の脳に選択という労働を押し付ける行為になり得ます。「肉と魚ならどっちの気分?」と2択に絞る、あるいは「美味しいお店を見つけたからあそこにいこう」と全て決めてあげること。そのリードこそが、相手の認知資源を守る配慮になります。

しかし世界をシンプルに捉えすぎると大事故になる

他人に発信するときや行動するときはシンプルが効果的ですが、自分が世界を理解しようとするときにまで物事を単純化しすぎると本質を見失います。脳のサボり癖に身を任せて、あらゆる物事をイージーな方程式に当てはめようとした結果、失敗に終わるケースは多々ありまして、

  • 【恋愛】「女性は花さえあげれば喜ぶ」
    彼女の誕生日に花束をあげたら喜んでくれたのを見て、男が「女性は花をあげれば喜ぶんだ」と脳内で超単純化。次の記念日もその次も花だけをあげ続けたら「私のこと何も見てない」とフラれるようなケースです。本当に喜んだ理由は、花そのものというよりは「私のために事前に準備してくれた時間と気持ち」という複雑な文脈だったのに、そこをカットして記号化してしまった代償です。

  • 【ビジネス】「このツールを入れれば売上が上がる」
    競合他社が新しいチャットツールやAIシステムを導入して成果を出したのを見て、システムだけを単純に真似するケースです。実際は、その裏にある社内カルチャーや徹底した社員教育という目に見えない複雑な仕組みが絡んでいたかもしれないのに、ツールという表面だけを単純化した結果、誰も使わないコストの無駄遣いに終わります。

  • 【人間関係】「あの人は〇〇型(または〇〇世代)だから」
    「あの人はA型だから細かい」「これだから今の若い世代は」と、一面だけを切り取って相手にレッテルを貼るパターンです。人間の性格や行動なんて、その日の体調や置かれた環境、人間関係のグラデーションによって複雑に変貌するものなのに、小さな箱に無理やり押し込めて安心しようとする、脳の怠惰が生む悲劇です。

  • 【投資・お金】「この銘柄を買えば絶対に儲かる」
    SNSでインフルエンサーが「これからは〇〇の時代」と言っているのを聞いて、その裏にあるリスクや世界情勢、市場の需給バランスを一切調べずに全力投資して失敗するパターンです。世界経済という複雑なシステムを「おすすめの1銘柄」というシンプル情報に脳内で変換してしまったツケはデカくなりすぎることも。

  • 【教育・子育て】「褒めて育てれば優秀になる」
    育児書の一行を額面通りに受け止め、子供がどんな行動をしても中身のない全肯定を連発した結果、子供が成果ではなく「親から評価されること」ばかりを気にするようになり、新しい挑戦を恐れるようになってしまう例です。子供の心理フェーズやタイミングというデリケートな文脈を無視して、ノウハウだけを単純化した失敗と言えます。

これら5つの例に共通する、物事を単純化しすぎることの最大のデメリットは「完全なる思考停止」です。世界を白か黒か、敵か味方か、正解か不正解かの2元論でしか捉えられなくなると、複雑なグラデーションの中に隠れている本質が一切見えなくなります。その結果、他者への共感能力が低下し、ビジネスでは本当の課題解決ができず、人間関係では致命的なすれ違いを生み続けることになるのです。

まとめ:今日からできる本能ハック

脳がサボりたがる認知ケチの性質を理解した上で、私たちが今日から実生活で意識すべきポイントは次の2点に集約されます。

  1. アウトプット(伝えるとき)は極限までシンプルにせよ
    人に何かを伝えるときは、相手の脳はサボりモードだと心得ること。選択肢は最小限に絞り、相手に考えさせないレベルまで情報を引き算して手渡してあげるのが、成果を出す技術です。

  2. インプット(考えるとき)は複雑なまま耐えよ
    逆に、自分が世界の問題や目の前の人の感情、ビジネスの課題に向き合うときは、安易な「要するにこういうことでしょ?」という単純化の誘惑に絶対に負けないこと。答えの出ないモヤモヤした複雑さを、複雑なままじっと見つめ続ける思考の体力を持つことです。

伝えるときは優しくシンプルに、でも自分の頭の中は深く複雑に。これを肝に銘じてみるのがいいってことですね。私も伝えるのが苦手なんで精進しますー。