エレベーターを使わない人っていますよね。狭いところが苦手ってことではなくて、ボタンを押して待っている時間がいや!エスカレーターにしよ!って感じの人。エレベーターのほうが早くつくか、同じくらいの時間かかるとしても、エスカレーターを好むのはなんでなんでしょう?これは別にその人がせっかちって話だけではなく、脳のシステムのせいかもしれません。
今回はこの"少しでも前に進んでいたい!"という欲求の話です。実生活に活かす流れとかもまとめて見まーす。
なぜ脳は「進歩」を望むのか
先程の話、実は人の持つ前進欲求の表れと言えます。エレベーターを待っている間、立ち止まっている自分にソワソワしてしまい、いま目的地に近づいてる感覚を得たい!エレベーターに乗れぇ!と脳が指令してるんですね。
人間がこれほどまでに前進感を求めるのには、進化論的な背景があります。まだ人類が野生のなかで生きていた原始の時代 、その場に立ち止まって何もしないことは、飢えや外敵の襲撃による死を意味していました。日々のなかで武器を作り続ける、食料の備蓄を少しずつ増やす、拠点を一歩一歩強化する。そうやって「前進」を止めなかった個体だけが生き延びて、私たちの祖先となりました。だからこそ人間の脳は、生存確率を上げるために、前に進んでいる感覚そのものに強烈な快感を覚える仕組みをセットしたわけです。人間にとって、極めて重要で価値のある欲求だと言えます。
この前進欲求には私たちが人生で味わう「やりがい」の多くが紐づいています。何かに没頭して時間を忘れるようなゾーンの感覚、新しく役に立つスキルや知識を手に入れたときの成長の実感、目標をクリアしたときの達成感、そして自分の才能を生かして優れた成果を上げたという手応え。これらはすべて、前進欲求という大きなお皿の上に乗っている大切な感覚です。
これはハーバード・ビジネス・スクールのテレサ・アマビール教授らの研究によって、「進捗の法則(The Progress Principle)」として提唱されています。人間にとってモチベーションを最も高める最大の要因は、高い給与や派手な褒め言葉ではなく、「自分のやっているタスクが前に進んでいるという感覚(前進感)」であるということが科学的にも証明されているのです。
前進欲求が引き起こす日常生活のバグ
しかし、この素晴らしい本能も、現代社会においてはしばしば不合理なバグを引き起こします。前進感がモチベーションの源泉であるからこそ、「本当にやるべき大事なこと」を後回しにして、「手軽に前進感を得られるどうでもいいこと」に飛びついてしまうのです。
一番分かりやすいのが、試験勉強をしようと思った瞬間になぜか急に部屋の掃除を始めてしまうアノ現象です。試験本番は数日後であり、結果が出るのはもっと先です。つまり、勉強という行為はフィードバックが得られるまでに時間がかかりすぎるため、脳にとって前進感が得られにくい。一方で、部屋の掃除は手を動かした瞬間に目に見えて部屋が綺麗になっていきます。脳は「今すぐ結果がわかる掃除」に逃げることで、手軽な前進感を満たして安心してしまうわけですね。
この本能の暴走による日常生活でのバグは、他にもたくさんありまして、
重要な企画書作成を後回しにして、1分で返信できる未読メールの処理ばかりやってしまう。
本当に身につけるべき難しい専門書の読解を避け、単語をタッチするだけのイージーな語学アプリの連続ログイン記録を伸ばすことに執着する。
副業やブログを始めようとした時、肝心の記事を書く前に、ロゴのデザインや名刺の作成など「やった感」の出やすい作業に何日も費やす。(おれ)
仕事の本質的な課題解決を先送りにして、直近の予定がない会議の資料を綺麗に整える作業に没頭してしまう。
部屋の片付け中にアルバムを見つけ、思い出に浸りながら古い写真の整理という小さな達成感に数時間を溶かす。
これらに共通する問題は、脳が手軽ですぐに手に入る前進感の誘惑に負けているということ。こうゆうのは対策を打っておかないと、意志力が弱いだの、やる気がないだの思われがちなので、次項でその方法を見ていきましょう。
人を動かす「前進コントロール」の3ステップ
では、この強力な本能に振り回されず、逆に顧客や部下、あるいは自分自身を動かす武器にする方法を3ステップにしてみました
ステップ1:【設計】道のりと現在地の可視化
まずは最終ゴールまでの全体像を最初に見せることで迷いをなくし、一度に超える壁を低く設定します。その上で、段階的にレベルを上げていくことで、脳にストレスを与えない設計をします。ステップ2:【実行】手応えのシステム化
行動したその瞬間に、何かしらの結果をリアルタイムに返す工夫をします。今どれくらい進んでいるかを数値やグラフで可視化して伝えることで、脳に「進んでいるぞ」という報酬を直接与えます。ステップ3:【ブースト】継続と解放の仕組み化
進み具合に応じて新しい権利やステージをオープンにしたり、連続して行動すること自体に特別なボーナスを付与したりします。これにより、途切れさせたくない心理を刺激し、より深い没頭状態へと導きます。
抽象度が高くてよくわからないと思うので、それぞれの現場に合わせて具体例を見てみます。
マーケティングでの応用例:顧客を夢中にさせる仕組み
ユーザーにサービスを使い続けてもらうために、この前進感の3ステップは強力なマーケティングの武器になります。ここではオンラインのプログラミングスクールや学習アプリを設計する場合を考えてみます。
ステップ1.設計
まず「「3か月でアプリを作ります」という目標と、アプリを作る過程を細かく細分化したロードマップを提示します。その上で、ユーザーが取り組むタスクの難易度が少しずつ上がっていくように設計してください。
最初は挨拶の文字を表示するコードを書かせるだけにしておいてだんだんと複雑なコードになっていく感じ。スーパーマリオも1-1は簡単ですもんね。ステップ2.実行
ユーザーが書いたコードが正しいのか間違っているのか、どこが間違っているのかをリアルタイムに見えるようにします。さらにマイページなどにはプログラム全体の進捗を表すプログレスバーを表示し、ユーザーに最後までやりたい!という意識と、昨日より進んだ!という前進感を与えます。ステップ3.ブースト
最後に、もっと先を見たい!と思わせるために、プログラムをいくつかのステージに分割し、手前のステージをクリアすることで次のステージに進めるようになる仕組みを取り入れます。これもマリオでおなじみのシステムなので経験ある方も多いでしょうが、先を見たくなる欲をガンガンに刺激されます
そしてさらに、毎日やり続けたい!と思わせるためには毎日ログインでボーナスが2倍になるような、"コンボ"を体験させることが重要になります。一旦始まったコンボは本能的に途絶えさせたくない!という心理になるので、ユーザーの継続率を高める方法としては強力です。
この3ステップは、職場の部下や後輩のマネジメントにもそのままスライドして使えます。
マネジメントでの応用例:チームのモチベーションを最大化する
部下の教育をする際にもこの3ステップは使えます。
ステップ1.設計
会社の今季の目標はコレです!とだけいわれても従業員は自分のしごととのつながりを得づらいもんです。そこはマネージャーが部下の目標に対してロードマップを一緒に作成してあげる必要がありまして、会社の目標を達成するためにどんな目標を達成すべきかその目標達成にはどんなスキルが必要なのか?それはいつまでにどのくらいの進捗が必要なのか?などをすり合わせることで、部下は初めて自分ごとに感じるようになるのです。
それが終われば後はタスクを細分化して取り組むという同じ流れ。ステップ2.実行
週に一度の進捗確認というのもよく聞きますが、フィードバックは早ければ早いほうがいいので部下がタスクを完了したらとりあえずそちらを優先してあげたいところ。しかしそんなわけにもいかないと思うので」、ここはテクノロジーの力を借りてAsanaなどのタスク管理ツールを使うのがよさげ。これはタスクをプロジェクトメンバーと共有してくれるので、見られてる感も相まって前進欲が駆り立てられます。ステップ3.ブースト
そしてマネジメントではフィードバックの内容もめちゃ重要。部下に前進感を与えるためには、タスクを行う前と後でどのような状態の変化があったか?タスクを完了したことで得られたスキルはなにか?このプロジェクトを通して成長した部分はどこか?などを伝えてあげることで次の仕事へのモチベが上がるはず。
セルフコントロールでの応用例:自分を動かす習慣化戦略
最後に日常生活でも使えるように、自身の目標達成に活かす方法を見てみましょう。例としてブログを書くことを習慣にしたい人のことを考えてみます。(おれ)
ステップ1.設計
習慣に取り入れたいことをできるだけ最初のハードルが低くなるよう、タスクを細分化します。デスクに座る、パソコンを立ち上げる、エディタを開く、最初の一行を書くなど、脳が負担に感じない程度まで細かくするのがキモ。でないとタスクの重さに圧倒されてすぐに成果が出るものに意識を持っていかれちゃうので。ステップ2.実行
無事タスクを実行できたらすぐ脳に報酬を与えましょう。カレンダーにシールを貼ったり、タスク管理アプリに完了マークをつけたりと視覚的に"やった感"があるのが大事です。私はブログをスプレッドシートで管理してるんですが、記事を書くたびに「送記事数」の項目がカウントアップしていくのがリワードになってます。ステップ3.ブースト
10記事書けるごとにチョコを食べてもいい、みたいにしておくと、定期的に巻をくべる感じで継続されると思います。コンボでもいいんだけど、一旦コンボが途切れた時に新たに再開するハードルが高くなるのは気をつけたいですね。
まとめ
私たちはつい、「やる気が出たら行動しよう」と考えがちです。しかし、人間の本能の仕組みから見ればそれは順番が逆だと言わざるを得ません。モチベーションとは、じっと座って降ってくるのを待つものではなく、小さな前進感を手に入れた瞬間に、脳の奥から勝手に湧き出してくるものだからです。どれほど高い目標を掲げても、最初の一歩が重すぎたり、手応えが遠すぎたりすれば、脳はすぐに諦めて「今すぐ結果が出る別のこと」へ逃げ出してしまいます。大切なのは、目の前にある大きな塊を、脳が喜ぶサイズにまで細かく「切り出す技術」です。
この仕組みを応用したおすすめのテクニックが、「朝イチの極小クエスト戦略」です。朝一番の脳がまだ完全に立ち上がっていない時間帯に、あえて「机の上のゴミを捨てる」「メールを1本返す」といった、5分以内で確実に終わる極小タスクを持ってきます。朝一番に手軽な前進感を脳に味わわせることで、モチベーションのエンジンがかかり、その後に控えている「重くて結果が出るまでに時間がかかる本当の重要タスク」へのスムーズな突入が可能になります。掃除への逃避を、あらかじめシステムとして組み込んでしまうわけです。
このように、人を動かすときも、自分を動かすときも、まずはエスカレーターのように1ミリでも前に進んでいる実感」を今すぐ味わえる環境をデザインすること。これが、本能を味方につけて、物事を確実に達成するための最も確実なアプローチでねーかなと思う次第であります。
よしなになすってください。